文章書き方教室 
書くことは考えることです。文章をマスターすることは、自己を発見し、読み手の気持ちを理解することです。相互理解から知的ライフが生まれます。 主にレポートと論文の書き方を教えます。 文章術の「教育プログラム」と「添削サービス」も現在準備中です。 
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推敲について
【はじめに】
「推敲」とは文章を練ることである。言葉の語源は唐の時代にさかのぼる。詩人の賈(か)島(とう)が官吏登用試験の科挙を受けるために都の長安に来ていた。その時、ロバに乗りながら詩を作り、「僧は推す月下の門」という句を思いついた。しかし、「推す」を「敲(たた)く」に改めようと思いつき、手を引いたり推したりのしぐさをして夢中になっていた。そうこうしているうちに、都長官の韓愈(かんゆ)の行列にぶつかってしまった。しかし、詩人でもあった韓愈はそれを咎めることも忘れて、「それは敲くの方がいい」などと言って二人で議論になった。ここから推敲という言葉が生まれた。つまり、推敲とは没頭しながら、徹底的に言葉にこだわることである。

Ⅰ.推敲をするときは以下の点に気を付けるとよい。

1.主題は明快で分かり易いか。

2.段落の切り方は適当か、段落相互間の論理関係はうまく筋が通っているか。

3.主語・述語の照応は正しいか。修飾語の係り受けは正しいか。

4.句読点は正しく打たれているか。誤字や脱字はないか。

5.文脈のつながりは適切か、接続詞や指示語は正しいものが選択されているか。スラスラと読めるか。

6.不必要と思われる語句や文章は情け容赦なく削れ。

7.漢字が多すぎたり、平仮名ばかりでないか。

8.新たに思いついたことはどんどん書け。

Ⅱ.推敲の手順

1.最初、ざっと自分の書いた文章を読んでみる。→2.おかしいと感じた部分をマーカーなどでチェックする。(このとき、感覚が大事である。)→3.論理的に矛盾している部分を見つける。(今度は感覚ではなく、思考を働かせる。)→4.独りよがりの文章になっていないか。(読み手の気持ちを汲めているか。)→5.誤字脱字がないか。→6.訂正し、清書に移る。


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レポートの書き方―実践編③ 「構成について」
学期末レポートを書くことの意義は、授業で学んだ知識を文章化することで、知識をいつまでも記憶に留めておくことができ、また、その蓄積によりさらに知的な人間に近づける点にあると言えるでしょう。これまで、学生は入試合格を目指して勉強に励んできました。この時間は非常に貴重ではありましたが、やはり、合格という特定の目的の勉強であり、入学するとこれまで得た知識の大部分が抜け落ちてしまうことがよく見られます。私も大学入試を終えてから、歴史の年号や英単語などかなり消失しました。それに対して、自分が試行錯誤を経て文章にしたレポートの内容は今でも鮮明に覚えています。ですから、レポートを書くことは記憶の奥深くに知識を残すことだと理解して欲しいのです。

レポートを書くことの意義はもう一つあります。それは思考力を高めるということです。再び、入試との比較になりますが、受験勉強の多くは一夜漬けの記憶やテクニックという側面が強かったことは否めません。この部分に思考力を要しなかったとまでは言いませんが、レポートに比べるとはるかに少ないはずです。レポートは自分の得た知識を読み手に理解してもらうために、自ら文章を組み立てる作業です。そのためには、学んだことを振り返り、読み手の立場を汲んでそれを理解してもらえるように構築しなければなりません。この作業は考え抜く作業であり、全人的な発達が伴わなければ不可能な作業です。単なる知識の披瀝だけでは、相手に何も伝わらない独りよがりの書き物に終わってしまいます。自分の知識をどのような構成で、どのような手順で、どのような言葉で伝えれば最もよく伝わるのかを試行錯誤しながら考えるのです。このとき、徹底的に思考力が鍛え上げられます。

そこで、今回はレポートの「構成」についてお話ししようと思います。レポートの構成について、これまで一般的に諸説ありました。起承転結を勧める人もいるようですが、この書き方では「転」の部分でこれまでの論を一旦覆すことにもなりかねませんので、文学作品やエッセイならともかく、レポートや小論文を書くときには不向きです。私が推奨するレポートの構成は「問題設定」、「本論」、「結論」の3構成です。この方法が最も一般的であると同時にこれまでの様々な説を凌ぎ、圧倒的にスムーズな構成です。学期末レポートでは、授業内容にもよりますが、大体400字詰めの原稿用紙に5枚から10枚、多い場合では20枚程度書くことを要求されます。ここに今述べた3構成で書くのです。しかし、均等に割るのではありません。

では、3構成の文字数の配分について説明します。原稿用紙の10%から20%は「問題提起」に字数を費やします。60%から70%は「本論」に費やします。指定枚数が多い場合は80%程度までとしても構いません。「結論」は20%程度とします。これらの字数配分はあくまでも目安ですが、大体、このようにで書けば、整理された印象を与えることができます。また、場合によっては「本論」を2構成以上に区切ることもありますが、若干複雑な印象を与える可能性もあります。例えば、文学研究の場合だと、前半はゲーテの生涯を、後半はその作品解釈を取り上げるというやり方です。このように、本論において明らかに区分が必要な場合は臨機応変に対応してください。要は、読み手に「よく整理されているなあ」という印象を与えることを心がけましょう。

以下、3構成の具体的内容について順次説明していきます。まずは「問題提起」から始めます。この部分はこれからどういう問題と取り組むのか、ということを「予告」する箇所です。言い換えれば、テーマ設定です。また、ここでは取り上げるテーマの背景やそれを取り上げることの意義なども書くことができます。例えば、学期末レポートの場合だと、先生に「ドイツ・ロマン主義文学の特徴について述べなさい」のように、課題が設定されている場合がほとんどです。しかし、これはあくまでも課題です。この先に浮かぶ独自のテーマ設定が「問題提起」には必要です。つまり、ドイツ・ロマン主義文学のどの部分に焦点を当て、何を書くのかを明確にしなければなりません。例えば、「ノヴァーリスの詩における主観性の構築とフィヒテ哲学との関係について」などです。そして、重要なことは、学期末レポートの場合だと、授業の内容から大きく外れてしまっては、評価はがた落ちだと思ってください。ですから、授業で学んだことを前提として、それを確認した上で内容を深めるということを心がけてください。

「本論」はレポートの中核的な位置を占める部分で、ここに問題提起で予告したことを具体的に説明したり、論証したりします。しかし、学期末レポートでは論証まで求められることはあまりないと思われます。これまで授業で学んできたことを基にして、さらに自分が調べたことを報告するというのが一般的です。また、本論はいくつかの段落に分けて書きます。特に、読み手が理解しやすくなるためには、各段落の冒頭でその段落の要点をまとめたトピック・センテンスを先に書き、そのあとに、それの説明を行うのが望ましいです。場合によっては、一段落で説明が完結しないかもしれませんが、その時は、二段落に渡って説明をしても構いません。いずれにせよ、1)トピック・センテンス 2)その説明 という順番を守りながら書くことを意識して下さい。最初に説明をもってきて、あとに、それを要約したトピック・センテンスをもってくると、読み手は結論がまだかまだかとイライラしながら読んでしまいます。読み手である先生は学生のレポートを一度に多く読まなければなりません。ですから、冗長な印象を持たれてしまうと評価にも悪影響を及ぼします。

「結論」部分は最初に問題提起したことに対応する形で、これまで本論で行った説明や論証を要約し、まとめる箇所です。この箇所で大切なことは、まとめとなる部分ですから、読み手にこれまでの内容を納得をさせるものでなければなりません。もし、これまでの内容を否定すると自己矛盾を犯してしまい、台無しです。ですから、本文の内容に多少とも説明不足な点があると分かっていても、自信ありげに強引に答えを導き出すことをお勧めします。かといって、何も粋がる必要はなく、不足部分があるのなら正直に述べておくことも可能です。今後の研究への展望を示唆するという意味で許されます。例えば、「本稿では作者の精神分析的なアプローチで論じたが、今後は実証主義的な方面からも取り組む必要性がある」などと、自分が取り組めなかった部分にまだ研究の余地を残していることを示唆することが可能です。

上述しましたように、自ら学び、調べた知識をただ自分の頭の中にだけ閉じ込めておくのでしたら、本当にそれを正しく理解できているかどうかわかりません。やはり、レポートを通じてそれを人に伝えることによって、どの程度理解できたのかを振り返ることができます。いざ、文字にしょうと思っても、何も書くことができなかったら、まだ理解できていない可能性があります。また、書こうと思っても、筆がなかなか進まない場合は、曖昧な理解でしかないとも言えます。ただし、この点が重要なのですが、もし、曖昧な理解であったとしても(多くの場合曖昧なままですが)、レポートを書くことによって、それが整理されきちんと秩序付けられた認識へと転換するのです。レポートを通じて人に説明できるようになって初めて、知識は自分のものになるのだ、と考えてください。

【テクニック】
① レポートの構成は「問題提起」、「本論」、「結論」の順番とする。
② 「問題提起」はこれから書く内容についての予告である。
③ 「本論」は「問題提起」で予告したことを説明したり、論じる部分。
④ 「結論」は問題提起の答えであり、これまでの内容のまとめである。

論理の展開
論理の展開にはいくつかの種類があります。文章を論理的に書くには下記の項目を意識すれば良いのですが、あまり意識しすぎると文章が進まないので注意してください。論理的であるかどうかの判断は、常識的なことを言っているかどうかの判断とほぼ等しいです。ただ、難しく不慣れな内容を論じているときには平衡感覚を失い、非論理的なことを書いてしまっている可能性もあります。そうと気づいたら、立ち止まり、チェックしてください。

【論法の種類】

①推断的論法・・・ある原因は特定の結果を生じさせるに違いないという推測の上に成り立つ論法。Aという原因からBという結果が生じたという事実があると、再びAという原因からBが生じるのではないかと推測すること。
(例文)「この町では停電により、水が止まった。どこの町でも停電になれば、水が止まるかもしれない。」

②例証的論法・・・同種類の事物や出来事、法則を論拠として、「~は・・・である」ことを証明する論法。
(例文)「夏が暑ければ、は冬の寒さは厳しいものだ。今年は夏が暑かったので、冬は寒いだろう。」

③比喩的論法・・・類似する別の事実から類推する論法。
(例文)「一本の箸はすぐに折れるが、三本合わせるとなかなか折れない。だから、兄弟も力を合わせれば、少々のことでは挫けない。」

④記号的論法・・・ある物事を主観的ではなく、客観的な判断から推断する論法。「朝起きたら池の水が凍っていた」(記号)→「昨晩は氷点下まで気温が下がっていたのだろう。」


【論証の種類】

①帰納的推論・・・具体的な事実や統計などを提示したあとに、それらから一般的にも広く通用する結論を導き出す論証。
(例文)「日本もアメリカもロシアも戦争をする。日本もアメリカもロシアも国家である。だから、国家とは戦争をするものだ。」

②演繹的推論・・・帰納的推論とは逆の論証。一般的な法則や命題を具体的な物事に適用する論証である。
(例文)「国家とは戦争をするものである。だから、日本もアメリカもロシアも国家であるから戦争をする。」
・演繹的推論を用いる場合には、まずは具体的な経験を除外して、論理の手続きだけによって具体的な物事それぞれを推論する=三段論法。(例文)[大前提]「人間とは理性的である。」[前提]「彼は人間である。」[結論]「故に、彼にも理性がある。」
注意点として、①前提、大前提が真実であるか。②大前提が正しくとも、他の諸条件が関連していれば結果を導き出せない。③結論の導き出し方は論理的か。

③弁証法的推論・・・ある理論や主張が存在すると、必ず、それに矛盾や対立するものがあることを認め、その矛盾や対立を克服することで、より高い次元に到達しようとする考え方である。だから、対立や矛盾を積極的に認め、物事を変化や発展のうちに捉えようとする論証である。ある命題を肯定するテーゼ(正)→それに反対する対立的なアンチテーゼ(反)。これらのテーゼ、アンチテーゼを克服して新たな主張をするジンテーゼ(合)。この正・反・合の展開のことを止揚(アウフヘーベン)という。歴史の発展段階を説明するときに用いられる。

④類推法・・・既知の物事をもとにして、同じような条件の未知の物事について推測する方法。注意点は例証と推論する物事の関係が本質的でないと誤りになる可能性がある。
(例文)「東日本大震災では、津波により原発が事故を起こした。東南海地震が来ると、他の太平洋岸の原発も事故を起こすだろう。」


【参考文献】
 速水 博司
レポートの書き方 ― 実践編② 「概念規定」について
前回も述べましたように、レポートとは、「受動的」に自分の考えや思いを理解してもらう作文とは異なり、自分の考えや知識が妥当であることを「能動的に」伝える書き方です。ということは、誰もが疑問なく理解できる書き方を心がけなければならないのです。そのためには論理的な書き方が不可欠です。論理的に書くとは、言い換えれば、「常識的」に書くということでもあります。これでは当たり前すぎる、とお叱りを受けそうですが、常識とは「誰もが理解できる筋の通ったこと」だと思ってください。

例えば、次の文章はどうでしょうか。「人との協調は大切である。だから、自分勝手な行動は慎むべきである。」この文章は一般常識に適った文意であり、なおかつ、論理も一貫しています。「協調」という部分と「自分勝手な行動は慎む」が同意関係にあり、脈絡が通じているからです。しかし、「人との協調は大切である。だから、個人の権利が認められるべきだ。」という文章はどうでしょうか。「協調」と「個人の権利」とはむしろ正反対の概念です。ですから、これは筋の通らない文章と言えます。接続詞「だから」を「しかし」にすれば筋は通ります。

上の例文は決して複雑な内容ではありませんが、「人との協調は大切である。だから、個人の権利が認められるべきだ」と言われると、「ああ、そうか」と軽く流してしまいがちです。しかし、内容と意味をしっかり吟味してみると、筋の通らないことが分かります。ですから、一文一文正しい認識に基づいているかを見極めながら書かなければならないのです。論理に関しては、前回の記事「論理の展開」を参考にしてください。特に、現実離れした思想的な内容でレポートを書く場合、このような論理性を無視したミスを犯してしまいます。ですから、語の概念を正確に規定した上で、それが正しく用いられているかを確認しなければなりません。

今、「語の概念を正確に規定し」と述べましたが、これもレポートや論文を書く場合には大変重要なことです。理由は簡単です。一つの語には複数の意味が含まれているため、それを特定しなければ意味が曖昧なままで、正確に意図が伝わらないからです。例えば、「主権」と言う語を一つとってみても、時と場合によって意味が大きく変わります。この語の意味は本来17世紀あたりまでは、神から授かった国王の絶対的権力を意味していましたが、18世紀のフランス革命より少し前から、人民が国王から勝ち取る権利という意味が加わりました。この語は時代の変遷とともに意味の複数性が生じた例ですが、おおむね、国家を運営する際の絶対的権力の所在を意味します。ところが、現在の日本では、このような絶対的権力という意味は薄れてしまい、「参政権」や「民主主義」という語と同等に「国民主権」なる語を用いている人も出てきています。

このように語の定義が曖昧なままでは、文章を書いているうちに不安定になり、主張が定まらなくなります。つまり、論旨が揺らぐのです。これでは説得力のある文章は書けません。ですから、必ず、主要な語の概念は規定しておかなくてはなりません。特に、「自由」、「権利」などの抽象的な概念は、歴史的な変遷を経て意味が変化した可能性があります。そのような語を用いる場合、少なくとも①時代と②地域③分野を明確にした上で、概念規定を行う必要があります。例えば、「自由」という語の場合、次のようにすればいいでしょう。「本稿における『自由』(Freiheit)という概念は思想史的な意味で用いている。また、古代・中世における社会への従属を前提とするのではなく、18世紀後半のドイツにおける市民社会の成立以降確立した自我意識に絞って用いることとする。」このような断りを入れれば、読み手は複数ある概念を混同せずに読み進めることができるのです。

概念規定に続き、重要なことは「事実」と「意見」の区別を明確にしなければならないということです。以前にも述べましたが、レポートとは「事実の報告」です。事実とは調査や資料分析を通じて得られた客観的な数字、統計、言説です。それに対して、意見とは事実に依拠するとはいえ、得られた結果に対する筆者の推測、感想、反論であったりします。当然、これは事実とは対極に位置します。

例えば、次の文章はどうでしょうか。「米調査会社のオートデータが4日発表した8月の米新車販売台数は、前年同月比19・9%増の128万5202台だった。プラスは15カ月連続で、トヨタ自動車が45・6%増の18万8520台と大幅増となるなど、日本車メーカーの好調が目立った。」(Yahoo記事)は事実か意見のどちらでしょうか。もちろん、これは事実です。調査会社の調査による数値化された自動車の売れ行きだからです。しかし、この文章の全てが事実かというと、そうではありません。最後の「日本車メーカーの好調が目立った」は筆者の主観的な意見です。米国人にとって日本車の売れ行きが好調かどうかはどうでもよく、米国車の売れ行きの方が大事かもしれません。しかし、この筆者は日本人ですから、日本車の売れ行きに目が止まったのでしょう。これは個人的な意見です。このように、事実を述べた上で意見を述べるという形式がレポートを書く際の原則です。この方法は以前にも述べた「AはA´である。理由は~だからである」にも通じる、根拠を明らかとする書き方です。このように、レポートでは意見や理由にはしかるべき根拠としての事実が必要なのです。そうすると、読み手は頷くのです。

レポートを書くということの意味が分かってきたのではないでしょうか。概念を規定し、事実と意見を区別する。つまり、遊びではないのです。きちんとした意見を述べるには、きちんとした定義と区別がなければならないのです。こういったことからして、職業的な感じがするのではないでしょうか。適当に仕事をする人に信頼を置けませんね。電車の車掌さんは「次は〇〇駅あたりに停まると思います」などとは絶対に言いません。これと同じなのです。〇〇駅は一つしかなく、「…と思う」ではなく、それが事実ならば、きちんと「…です」と伝えます。レポートを書くときには「きっちり、明白にする」という意識を忘れないでください。

【テクニック】
①論理的に書くということは常識的に書くということ。
②主要語彙の概念を規定する。特に抽象名詞には注意。
③概念規定はある語の時代、地域、分野による意味の違いを曖昧にしないためである。
④事実と意見は区別する。言い換えれば、事実に基づいた意見でなければ、読み手の納得は得られない。

レポートの書き方 ― 実践編①
レポートとは前回も述べましたように、職業的な意識を持って取り組む作業です。書いた内容に責任が伴うのです。学生はまだこの心構えが不十分だと言えます。私も学生時代を振り返ってみて、明らかに不十分でしたから、心構えと言われても、当惑する学生の気持ちがよく分かります。しかし、レポートとは学生時代のみならず、就職したあとにも提出を求められることがあるでしょう。少しずつでいいですから、責任を持って文章を書く意識を育んで下さい。

これまで、「レポート」という言葉を用いてきましたが、実はレポートにはいくつもの種類があります。例えば、授業のまとめや感想を毎時間提出する「授業・質問カード」、授業中に指定された図書を読み、その内容を要約して提出する「ブックレポート」、授業で学習したことを深めたり、理解度を確かめたりするための「報告型レポート」、単位を取得するために提出しなければならない「学期末レポート」などです。そのほか、会社で上司に仕事の報告をするための「社内報告レポート」などがあります。今回は大学生を想定していますので、「学期末レポート」の書き方に絞って説明をします。

まず、レポートを書くときには提出先を考慮に入れなけばなりません。これが重要です。「学期末レポート」を書くのでしたら、もちろん先生に提出するわけですから、先生とのコミュニケーションが生じることになります。同時に、学生は単位が必要ですから、その取得を目的としたレポートを書かなけれなりません。つまり、先生を満足させなければならないのです。そのためには、何を差し置いても、しっかりと授業内容を理解しておくことが前提となります。とりあえず、今回は学生が授業をしっかりと理解したということにして話を進めます。

レポートを先生に提出するとはどういうことかと言うと、学生にとっては単位を取るためかもしれませんが、先生にとっては学生が「何をどう理解し、考えたのか」を知ることです。ですから、学生は誠心誠意、授業で学習したことを基軸にして書く必要があります。単位を取得できるか否かはあくまでも結果論です。これに拘りすぎて、「先生の授業は素晴らしかった」、「先生と巡り会えてよかった」などと媚を売っても、逆効果の場合が多いので注意してください。自分が学び、そこから得られた知識をしっかりと書くだけで構いません。先生はそれを一番望んでいます。問題はそれをどう伝えるかであり、書き手は読み手との関係を意識しなければなりません。

レポートを書くときはもちろん読み手の気持ちを想定しなければなりません。「学期末レポート」でしたら、読み手は先生です。つまり、その分野の専門家です。では、専門家を納得させるにはどのようなコミュニケーションを展開すれば良いのでしょうか。

まず第一に、専門家を納得させるためにはそもそも「学問とは一体何のか」ということを理解しておかなくてはなりません。若い学生にとって、学問は「何かすごく複雑で難しそうなことをやっている」ように思えるかもしれませんが、実は至ってシンプルな発想に基づいているのです。それは、一言で言えば、「再現性の証明」です。つまり、「ある対象や現象の答えをめぐって、誰が行っても同じ結果となることを目指す」ことなのです。事実の探究とも言えるでしょう。例えば、地球が平面ではなく、球体であることはもはや誰も覆すことのできない事実です。これは、誰があらゆる方法で調べても同じ結果になるからです。これを「再現性」と言います。もし、地球が三角形ならば面白いですが、それは個人の思い込みや空想の話で、非科学的です。再現不可能です。レポートを書くときもこの科学的精神が必要となります。先生を納得させるためにはこの精神を忘れないでください。ですから、間違ったことを書くと、単位は危うくなりますし、また、曖昧なことや誤魔化しを書いても、すぐに見破られてしまいます。疑問は疑問のまま正直に書く方が高評価に繋がります。知ったかぶりは禁物なのです。

以上の事から、書き手と読み手は次の関係になることを念頭に置いてください。書き手は「AはA´である。理由は~だからである」です。このように述べることで、読み手は「AはA´であることの理由が分かった」となります。要は、「問題提起」に答えるためはその「根拠となる説明」が必要なのです。ただし、レポートの場合、論文とは異なり、「根拠となる説明」には必ずしも独創性のある論証が必要ではありません。「私はAがA´であることが分かった。〇〇という文献にはこのような説明があるからです」という説明だけで済まされることが多いと思います。「学期末レポート」を書く場合、調査、統計、実験結果を報告することもありますが、多くは、教科書や指定図書、またはそれに関連する図書を参考にしながら書く作業になります。

これまでの説明により、皆さんから「レポートって難しそうで、厳しそうで、好きな事も言えないのか」と落胆する声が聞こえてきそうです。確かに、作文に比べたら好きなことも言えないのは事実ですし、内容に責任も伴います。しかし、私はレポートを書くことにより高度な技術を獲得する喜びや楽しさがあると考えます。なぜなら、説得力や観察力、思考力を高めることができるからです。分かり易く言うと、作文の段階では、自分の気持ちを相手に理解してもらうという「受動的な」意識が含まれる書き方でした。ところが、レポートになると、自分の得た知識、考えは妥当であるということを相手に主張する「能動的な」書き方に変わります。これは自己の主体性を確立するための基本的な姿勢です。正しいことを自信と責任を持って伝えること。これが学術のみならず、一般社会において大切なことです。そして、これを成し遂げるためには、客観的で論理的な記述が必要なのです。

【テクニック】
①提出先に見合った書き方をする。
②「学期末レポート」の場合、学んだ知識をそのまましっかりと書く。
③科学的精神を持ち、事実を記述することを心がける。
④曖昧なことや間違ったことは書いてはならない。
⑤「問題提起」に答えるには「その根拠となる説明」が必要である。





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